アニメはきらいだった・・・

キャンディキャンディを知ったのは、テレビのアニメ版が最初でした。原作漫画を読みはじめると、アニメ版の絵や展開がイヤになりました。

ところがね、見なおしてビックリ。

原作にない、キャンディとアンソニーの二人きりのデート回があります。
この回は、本放送のときに、見たはずでした。
うっすら覚えていました。
あのころは、恥ずかしかった。

この歳になったわたしは、二人の関係性を、ほほえましく感じました。

特にデート終盤、二人で鐘楼にのぼり、鐘がなりはじめる。
大音響で、キャンディとアンソニーは、自分の耳を両手でおさえながら、顔を見あわせて笑う。
いいシーンでした。
少女と少年が、いたいけで、いとおしい。
この回を書いた人、描いた人の気持ちが伝わってきました。

それから初期のころに、レイクウッドでアルバートさんに会うため、夜道を川沿いに歩くシーンで、エンディング曲がながれます。

「あのひと~が わたしを~ よんでいる~♪」

てアレです。
この時点では、養女にすらなっていない。
だれもがアンソニーに注目しているころ、アルバートが重要人物だとは、だれも思わないころに、こんなヒントをだしているんです。
キャンディが会いに行こうとしているのは、まさに丘の上のあの人デアル、ってね。

そしてアンソニーが亡くなり、キャンディが泣いているところにあらわれた彼は、いつも通りラフな姿で、胸ポケットからハンカチを取とりだして涙をふいてやります。
これも原作漫画では、描かれていない(加筆修正されてないのなら)。

胸ポケットにハンカチを入れてるって、男性でなくとも不自然!
これはたぶん、アルバートは胸元にポケットチーフを入れるような階級の人間デアル、と暗示しているんですね。

主役のキャンディの声は、なんかちがうとおもってました。
でも成長してからのキャンディのしゃべり方は、あたたかさと、どこか色っぽい感じがして、こういう解釈も悪くない。

テリィにしても、富山敬さんの声は、当時のわたしのイメージする雰囲気と、ちがっていてイヤでした。
でも今みると、上手いんです。
印象的なのは、病院での別れのシーンの独白。

「ターザンそばかす、レディそばかす・・・云々」

あだ名にありったけの感情が乗っていて、せつないせつない。
富山敬さんは、どれほど真剣に演技していたことでしょう。

あの当時の少女向けアニメの制限のなかで、制作者チームや声優さん方も、全力で取り組んでおられた。

当時は月1回の漫画誌掲載が、アニメ放映を追いこさないよう、エピソードを水増ししていたらしい。
このため、原作にない話がいっぱいあって、主要な登場人物の性格までちがってしまうようでした。
今だったら無理に水増ししないで、第一シリーズ、第二シリーズって区切るでしょうけどね。
あの時代は、それが当たり前で、しかし、その中で生まれた名場面もたくさん、あったんだなあと思いました。

キャンディは、甘々のご都合主義少女漫画とは一線を画す物語です。

リメイクやってくれたらいいのにねえ。
セーラームーンだって、20年すぎてリメイクして、人気を得てるんです。
本当ならキャンディも、とっくに良質のリメイクができて、続編とか、乙女ゲーム版とか、いろいろ出来ていたでしょうに。
スポンサーだって、いくらでもついたでしょうに。

だけど下手なリメイクなら、なくていい。
リメイクできないからこそ、半世紀ちかくたっても、世界中でファンフィクション花ざかりなんですよね。
これはこれで、楽しいからいいかなあ・・・?

4章の言い訳

こんな地味なエピソードなのに、アクセスして頂いて、ありがとうございます。

エルロイさんのグチり展開は、ほんのシャレのつもりで、そんなにボリュームはないハズだったんです。でも、わき役の語りって、便利ですね。彼女の年齢は、60代の設定です。(少女漫画のつづきなのに、60代主観なんて・・・)

エルロイさんは、きっとぜったい、苦労してきたと思うんです。一族トップの代役として、まじめにつとめ、にくまれ役を引きうけてきた女のツラさは、周囲には、ほとんど理解されなかったとおもいます。

カワイソウに・・・。

自分が初老にさしかかってみて、しみじみと、むくわれない女の心情を、少し代弁してあげたくなりました。

キャンディと和解するには、もう少し時間が必要だし、あんまり仲良くならなくてもいいんじゃないかな、とも思います。

お話を考えているうちに、そもそも「アードレー家物語」という大きな本の中の、ほんの一部が「キャンディ・キャンディ」なのじゃないか、という気がしてきました。(孤児が大富豪の養女になるなんてドリーミイな話には、それだけ背景設定が必要なのかも)

その「アードレー家物語」っていうのは、100年前のアメリカ版「渡鬼」みたいなストーリーにちがいない、なんてね。

このお話は、ハッピーエンドにするって、決まってます。

でも、すべて予定調和じゃなくて、
愛し合う恋人どうしは、一生ラブラブ、なんてありえないし、むしろそんなのイヤだし。
華やかな社交界は、きれいごとの世界ではないだろうし。

それぞれの求めるしあわせを手に入れても、人はいつか、去り行くもの。
伸びゆく希望もあれば、老いゆく哀しみもある。

子どものころ、大きらいだったエルロイさんが、今はいじらしく、いとおしい存在に見えます。

空中分解させずに、広げた風呂敷をたためますように、祈る気持ちでアイディアを、かき集めています。

◆4章◆その13

数日後にアードレーの本宅で、アルバートにあったエルロイは、キッパリと、こういった。

「ウィリアム、私はきめました。キャンディスを、わが一族の名をせおって堂々といきられるよう、手をつくしてみるつもりです。今さらの教育では、おそいかもしれない。けれど、身内として可能なかぎりのことをやりましょう。それをアナタに伝えておきます。」

「それはつまり、キャンディとのけっこんを、みとめてくださる、といういみですね。」

「公表は、まだです。はやすぎます。」

「ありがとう、おばさま!でもボクは、おばさまにみとめていただくのは、なかなかむずかしいだろうと、はんぶんあきらめていたんですよ。何か、わけでもあるのですか?」

「わたくしは・・・キャンディスのそだった孤児院をみてきました。」

「キャンディのそだったところを?ほんとうですか?」

「いいところでしたよ。それだけです。」

それから、つけくわえた。

「あなたがキャンディスを養女にさせたのも、あなた自身がキャンディスに、たすけられたのも、なにか、ふしぎなめぐりあわせかもしれません。それなら、うんめいにさからわず、ながされてみる手もあるでしょう。
よい運にするか、わるい運にするかは、当主のあなたの、かじ取りしだいです。なすべきことを、しっかりと、なさい、ウィリアム・アルバート。」

エルロイは、せいいっぱい、いげんをとりつくろった。

アルバートは、しばらく、うたがわしそうなかおをしていたが、すぐにフッと息をついた。とにもかくにも、キャンディスへのエルロイのたいどが、かわりつつあることを、よろこんでいるようだった。

キャンディスは、まもなく孤児院へもどる。そこから先、あの子をどのようにアードレーに引きこんでいくのか、かんがえよう。またマーゴットに、そうだんしなくては・・・。

ここでエルロイは、気づいた。グレアム所長とキャンディスがあったのも、エルロイの「ポニーの家」への訪問も、マーゴットの手くばりによるもの。まんまと、のせられているではないか。いったい、あのおばは、どこまで策略家なのか。

キャンディスをコマにして、アードレー本宅を手中におさめるつもりなのか。

・・・しかし、それならマーゴットは一度、夫のアルフレッドとともに、総長の代理をつとめていた。そのまま、実権をにぎりつづけることだって、できたのだ。わざわざ赤の他人の養女を利用するのは、まわりくどい。

それでは、あのレイクウッドのゆうれいばなしを、信じているからなのか。

このながれに身をまかせて、いいのだろうか?
エルロイは、ウィリアムにクルリと背をむけ、当惑している表情をかくした。


(4章 終わり)

◆4章◆その12

翌日は、昼前に用事をすませ、午後はマーゴットと観劇にでかけた。劇場で席に案内されると、約束していた人物がきていた。マーゴットの会社の会計顧問のグレナム所長夫妻だった。この観劇は、夫妻からの招待である。当たりさわりのないあいさつのあと、初老の所長は、マーゴットにたずねた。

「あのおじょうさんはお元気ですか」

エルロイは、マーゴットの孫むすめのだれかのこと、とききながしていたが、やりとりからすると、どうもちがう。

「キャンディスのことをおっしゃってるの?」

いがいにおもいながら、エルロイは、その名を口にした。

「そう、キャンディスさまでした。明るい色の髪の。いや、すばらしい方ですね。」

どうやらマーゴットの邸に滞在しているあいだに、グレナム氏とあったようだ。

「さすが、アードレー家の女性ですな。」

社交辞令なのだろうが、グレナムはつづけた。マーゴット邸でキャンディスを紹介されたとき、近いうちに彼女が孤児院へいって、くらすというはなしになった。わかい女性にしては、ずいぶん奉仕活動にいれこんでいるものだ、といぶかしんでいたらしい会計士の前でキャンディスは、いった。

孤児院というのは、おさない子どもをそだてて、おくりだしておわり、というのでは、たりない。身よりのない子どもらは、たった一人で世間とむきあわねばならない。広い世界に、たった一人の心ぼそさに押しつぶされそうなとき、ほんのひとときでも、もどって羽をやすめられたら、どんなにすくわれるだろう。

ふとしたきっかけで、みちをはずれるようなことも、ふせげるかもしれない。「ポニーの家」で心をやすめて、また元気にじぶんの生活にかえっていく、そんな一時滞在用の設備をよういしてやりたい。

そして院長は、ながいあいだ、くろうしながら孤児院をつづけてきた。このまま院長が年をとり、仕事がつづけられなくなったとき、あの孤児院が消えてしまうのは、社会的損失である。今のうちに院長が引退しても存続できるよう、何とかしたい。そのために必要なことを、なんでもまなびたい、と。

「あの方は、社会のニーズという視点でかたっておられました。あんなわかい女性の身で、すえたのもしい。いずれはマーゴットおくさまやエルロイおくさまのおしごとを、りっぱに引きつがれるでしょうな。」

「あの子は、養女です。」

エルロイはぶぜんとした。自分の後釜にキャンディスをすえるなど、ありえない。

「そう、それがですよ。さすがです。」

グレナムは上きげんで、また、そういった。

「いい素質のある方をみつけて、一族に引きいれられたわけですな。それでは、あのウワサは、本当だったんですか?」

ウワサときいて、エルロイはギョッとした。キャンディスはイギリスのセントポール学院で、スキャンダルをおこしている。

「・・・どのウワサです?」

「ウィリアムさまのお相手が、アードレー家のご養女だとか。」

そんなウワサが、社交界で、すでにひろまっているとは!
とっさに反論しようとしたが、グレナムは勢いづいている。

「それがキャンディスさまなら、納得がいきます。あの方は実業家の奥方として、いい素質をそなえておられますよ。ウィリアムさまは、賢明です。お家は安泰ですよ。」

よこからグレナム夫人が、せつめいする。

「キャンディスさまは、主人の肩入れするタイプの女性なんですのよ。」

「まあ・・・まだ本決まりというわけでもありませんから、よそでおっしゃらないで下さいませ。」

マーゴットが、クギをさした。

「なるほど。ウィリアムさまなら、ほかにも候補がおられるでしょうな。これはしつれいをいたしました。」

そして次のことばは、エルロイをもっと驚かせた。

「フン、それでしたら、もしも・・・ですよ。あの方の奥方になさらないのでしたら、ほかに有望な青年をご紹介できるよう、お心にかけさせていただきますよ。ざっとかんがえても・・・うん、3人います。よそに出されるのは、おしいですが、ウィリアムさまのお相手でないのなら、それはそれで、ぜひともいいお相手をおすすめしなくては!あのご令嬢は、アードレー家の秘蔵っ子ですよ。」

長年、マーゴットの事業顧問をしてきた会計士に対して、エルロイは一目も二目も置いていた。そんな人から、キャンディスをべたボメされるとは、よそうもしていなかった。

「しかし、それはそれとして、田舎の孤児院に閉じこもってしまっては、学べる機会もすくない。キャンディスさんは、もっと視野をひろげる経験をなさるとよろしいでしょうな。女性でも時節がら、そういう活動をする方は少なくない。マーゴットさまやエルロイさまのように。」

さいごにおせじを付けくわえるのを、グレナムは、わすれなかった。

こんなところでまで、キャンディスのことを話題にしている。こんなじんぶつにまで、キャンディスがしられている。そのあとの芝居のあいだじゅう、エルロイは、そればかりおもわれて、すっかりうわのそらだった。

◆4章◆その11

使用人たちの休日のせいで、侍女もつれていないエルロイは、退屈をもてあました。夕方おそくになって、ようやくマーゴットと彼女の侍女がとうちゃくしたので、すぐに3人で階下のレストランにおりた。

このホテルのレストランは、宿泊客のためにだけ調理し、良質な材料でフランスの家庭料理風の食事をだしてくれる。
コックは20数年前にフランスからきて以来、ずっとここではたらいているときく。

清潔でしずかで、アードレー本宅よりもやすらげる雰囲気が、気に入っていた。とまり客は中年以上の年令がおおく、身なりもわるくない人物ばかり。たのめば秘蔵のワインをだしてくれるが、ひどく酔っぱらうものはいない。

「古いはなしだけれど・・・」

食事のあとのお茶をのみながら、マーゴットが切りだした。

「あなたがまだ10代のころ、レイクウッドのやしきで精霊をみたってさわいでなかった?」

「あら、おばさまにも、おはなししましたかしら?」

「あのときのキツネ狩りは、わたくしもいたじゃないの。アルフレッドと結婚して、まだ1年くらいのころよ。
子どもは子どもばかりで、まとめて泊まってたじゃない。」

マーゴットおばには、当時年ごろだったエルロイでさえ、まとめて子どもであった。

「それであの夜、オバケをみたって、エルロイと・・・ホラあの子、アルバートの母親の・・・プリシー。」

「・・・」

マーゴットがそのはなしを口にするとはおもいもしなかった。

「あのやしきには守りをしている妖精だかユウレイだかがいるってはなしがあったじゃない。
みたものは運をつかむって。」

「それは迷信ですよ。異端です。」

「あら、エルロイとプリシラは、アードレー家にとって重要な女になったわよね。」

「だから、なんですか。子どもがオバケをみたってはなしを今になって。」

「メリッサが・・・キャンディスがみたんですって。」

「は?」

「さいしょにレイクウッドのやしきにいった日ですって。養女になるまえによ。」

マーゴットは、その日にキャンディからきいたばかりの、シルクハットの人かげのはなしをした。

「あそこの3階は、ろう下に大きな人形がならべてありましたから、キャンディスはそれを見まちがえたんですよ。」

「どうかしら。あの子はやしきの主に気にいられたのかもよ。」

「つまり、アードレーにとつぐ運をもつ子だとおっしゃりたいのね?」

古いはなしをもち出したのは、それを言いたかったのだろう。

マーゴットおばは、食品工場や新聞社をもち、政治家の友人もおおい。
そんな実務的な世界にくらすいっぽうで、うらないやオカルトのようなはなしがすきだ。

「キャンディスはレイクウッドにいたころに、使用人なかまから、やしきの主のはなしをきかされたんですよ。」

「それでつくりばなしをしたってこと?」

「つくりばなしでなくとも・・・暗いろう下で、それを思いだして、こわくなったんですよ。」

「あの子は、だれかのイタズラだとおもっているみたい。たとえば、ウィリアムとか。」

「ああ、それですよ。パーティにでられないウィリアムが変装してかくれていたのをみたんでしょう。
ウィリアムはむかし、そういうことをしていました。
そのたびにお説教して、にくまれるのはわたくしの役まわり。
ごきげん直しにつれだして、好かれるのがマーゴットおばさまの役まわり。」

ことのついでにイヤミをいってやった。
それを笑いとばしてくれるのが、このおばのいいところ。

そうはいっても、キャンディスがきたころのウィリアムは、
もう留学先でさんざん好きほうだいやったあとだった。
帰国してからは、レイクウッドの敷地内でやりたいようにやっていた。

顔出しもできないパーティに、変装までして、ひっそりとようすをうかがうなんてことは、もうしない年ごろだったのではないだろうか?

◆4章◆その10

ことしの夏、アードレー家の夏の宴にエルロイは、でないつもりだった。使用人たちのための宴であり、どうせ主一家はそえものである。ウィリアムが正体をあらわして初の夏の宴なのだ。ウィリアムが使用人たちをねぎらえばいい。

そんなふうにゴネておいたら、アーチーがやってきていった。

「今年は、家族はぼくと大おじさまとエルロイ大おばさまの3人だけですよ。これで大おばさまがいないとなると、男2人で格好がつかないじゃありませんか。」

「キャンディスがくるんでしょう?」

「キャンディもアニーもよんでませんよ。」

「アニー・ブライトンには、えんりょいただくわ。これは使用人のためのものですから、家族の友人をよんではいけません。ですがキャンディスは・・・」

そこまでいって、ことばにつまった。
ウィリアムの婚約は公表していないし、キャンディスがウィリアムの養女ではないことも、一部のものしか知らせていない。

今、使用人のまえに養女としてひんぱんにあらわれるのは、どうだろう?
どうせいずれは真実がひろまるにせよ、家をささえている彼らを、くりかえしあざむくことになる。
あとから本当に婚約したばあい、なおさら奇妙なことになる。

しばらく本宅にこないでいるのが、内心ありがたい。
養女の件は、そっと宙にうかせておきたい。

「キャンディは診療所のしごとがありますから、ことしは参加できないですよ。しかたありませんよね?」

アーチーがうまくことばをひきとってくれた。

「大おばさまがでないとボク、さみしいナァ。」

アーチーは、おだてがうまい。それがわかっていても、こういわれればエルロイは悪い気がしない。
 
当日、宴の会場で、ウィリアムがダンスのあいてを申しでたときも、一種のごきげんとりだとはおもった。
ほんとうにあきれたけれど、そのひとときをたのしむことにした。
どうせこの日の主役は使用人たち。

ウィリアムにつづいてアーチーともおどると、エルロイはサッサと会場を辞した。

シカゴ近郊のお気に入りのホテルでマーゴットと合流し、翌日はともにでかける約束をしている。

◆4章◆その9

朝になってから日の射すろう下にでた。
あんなに長かったはずなのに、わずかな距離しかない。
やしきにとうちゃくした日には、ろう下のようすなんて気にもとめていなかった。3つめのへやが一番おくで、ろう下はそのさきで行きどまりで、階段もない。
あのときノッポの人がいたようにおもったけれど、ふりかえったらいなかった。あれはみまちがいだったのだろう。さっかくして、ヘンなカンちがいをしたようだ。エルロイは、くらやみにおびえた昨夜のじぶんを恥じた。

ところがあとでプリシラと2人きりのとき、彼女はエルロイの顔をのぞきこんできいた。

「ねえエリー。きのうのあの人、みた?」

「どの人のはなし?」

「昨夜おへやにもどってきたとき、ろう下のおくにいた、マントにシルクハットかぶった人。」

エルロイはランプをもっていて光がちかく、よくみえなかったが、プリシラは服装までみえたらしい。

「あなたもみたの?」

なにかふしぎなかんじがした。

みんなにはなしたが、2人がなにかを見まちがえたのだろうと軽くながされた。

しかし近くの村から通いでやとわれていた使用人の女性がそれをきいて、やしきにまつわるはなしをおしえてくれた。そのやしきは開拓時代の成功者がたてた古いもので、亡くなった主はいまでも、時おりすがたをみせるという。

だが、だれにでもみえるわけではない。そしてみた者は、幸運を手にするというのだ。教養のない田舎女の迷信だからと、10代のいとこたちは余興の1つとしてたのしんだ。

そんなできごとは、思い出の一部としてほとんど忘れてしまった。

それから数年後、エルロイは本宅の長男ウィリアムにとついだ。ほどなくして従妹のプリシラは、次男ウィリアムにとついだ。どちらもいとこ同士の結婚である。エルロイは次代総長の妻として、一族のファーストレディになるはずだった。

ところが代がわりする前に夫は早世し、エルロイは流産した。夫とうまれる前の子どもを亡くし、総長になったのは弟の方だった。

だがプリシラの子どもも最初は流産、次がローズマリー。3人目の女子は早逝、4人目は死産で、5人目がアルバートだった。
あいつぐ出産と心労でよわっているプリシラの代わりに、エルロイは本宅のしごとをよくこなした。義弟夫妻とは仲がよかったし、いそがしさは悲しみをわすれさせた。

時おり、エルロイはレイクウッドやしきの主のことを思いだした。

あのユウレイのようなものをみたのは、あつまった従姉妹たちのなかで、アードレーの直系にとついだ2人だけだった。つまり幸運をつかんだというわけだ。そして長身しかみえなかったエルロイと、身なりまでみえたプリシラ。それがその後の運命をしめしていたのだろうか?

「まさか・・・」

エルロイはいつも一人つぶやいて頭をふり、なつかしい思い出をとおざけるのだった。

◆4章◆その8

エルロイはアルバートの祖父の妹の娘だった。アルバートの母プリシラとは、父方のいとこ同士である。

アードレー大総長がレイクウッドの土地とやしきを手にいれて間のないころ、親せきを招いたことがあった。昼はキツネ狩りを、夜ははなやかな夜会をひらいた。一族の繁栄を象徴するようなにぎやかな3日間だった。

エルロイは家族と共にやしきをおとずれた。開拓時代のたてものを改修したばかりで、カベ紙もカーテンもあたらしかった。大人たちは夫婦ごとに一室をつかい、エルロイは年のちかい従姉妹たちと、べつの一室をつかわせてもらってはしゃいだ。

その日おそく、夜会の会場で、従妹のプリシラがエルロイに耳うちした。

「わたし、ねむくなっちゃった。へやにもどりたいんだけど、ろう下がこわくて。」

エルロイは、もうすこしダンスもおしゃべりもたのしめたが、こころぼそげな従妹をひとりでほうっておけない。

「わたしもつかれたわ、プリシー。いっしょにもどりましょう。」

使用人たちは宴会のためにいそがしい。
エルロイはプリシラとつれだって階段をのぼり、踊り場にあるランプを1つ手にとると、さらに上の階へとのぼった。

3階にくると夜会のにぎやかな音はかすかになり、光はとどかなかった。さっきまで、はなばなしくひびいていた音楽がとおく、もの悲しくかんじられる。気温までもがきゅうに下がったようで、プリシラは不安そうにエルロイの片うでにしがみついた。

そうして2人はうす暗いろう下をあるいた。

少女たちの寝室は手前からかぞえて3つめのドアだ。
どうせ大人たちは明けがたまでねむらない。物音で子どもらが起こされないようにとの気づかいなのは、エルロイにもわかる。
でもこんなに暗いろう下では、エルロイですら平気ではない。
手もとのあかりだけをたよりに歩いていると、まるではてしない森のなかをさまようかのよう。

1つめのドア、2つめのドア、あとすこしだ。

ふと、その前方に背の高い人かげがみえた。先にだれかいたのだ。

大人のけはいに、ややホッとしながら3つめのドアをあけて寝室にはいった。
はいりぎわにエルロイはふりかえって、ろう下のおくをのぞいたが、さきほどの長身のじんぶつはみえなかった。

◆4章◆その7

マーゴットが本宅のエルロイをたずねてきて、じぶんのやしきにキャンディスがくらしているといったのは、それからひと月もすぎてからだった。

「どういうことですか?」

キャンディスなら、アパートにかえっていった。マーゴットが紹介した侍女も、そこで寝おきしているはず。

「あの子のアパートに空き巣がはいってたんですって。」

「なんということ!」

「そんなところにわかいむすめを住まわせておけるものですか。身内としてたすけるのはとうぜんじゃないの。」

「それで・・・」

「ウィリアムがねえ、あの子の居場所をさがしあてて、あいにきたのよ。だからウチのむすめだってはなしたわ。」

「ウィリアムにしらせてしまったんですか!」

「そうよ。だっていわないと、ウィリアムがあの子を連れていってしまうでしょ。」

エルロイたちはかつて、総長の指示をつごうのいいようにねじまげ、キャンディスをウィリアム・アルフレッド・アードレー夫妻の養女にした。それをしったウィリアム・アルバートはどうするだろう?

「婚約したいんですって。」

「は?」 

「ウィリアムはキャンディスを妻にむかえたいそうよ。」

ウィリアムがニールとキャンディスの婚約をハデにつぶしたのはつい先日のこと。そしてこんどは、じぶんがキャンディスを妻にするというのか。それではまるで、ニールとキャンディスとの仲に横恋慕したウィリアムが、ジャマをして略奪するみたいではないか。
エルロイは、そばにあったソファにヘナヘナと座りこんだ。

「エルロイ、あなた、ウィリアムのアードレー宗家と、分家のウチが縁組するのをどうおもう?」

マーゴットは、はればれとした顔でおかまいなしにはなしをつづける。

「ウィリアムとキャンディスが縁組?キャンディスと・・・だってあの子は・・・」

「キャンディスはわたくしとウィリアム・アルフレッドのむすめです。ウィリアムと結婚したっておかしくはないわ。」

「・・・と・・としが、としがはなれすぎていますよ・・・」

「わたくしとアルフレッドの方がはなれていましたよ。」

「それは、むかしのはなしじゃありませんか。いまは20世紀ですよ。」

「なにをいってるの!わたくしはいつだって、最先端よ!」

「おばさま・・・」

「いつの時代だって、としのはなれた夫婦はいるもの。たいせつなのは、手をとりあってアードレー家をささえていく気概なのよ。ウチのキャンディスならやれるわ。そして世界にアードレー王国をきずきあげていくんだわ。」

エルロイがけんめいに反論しようとするが、口達者なマーゴットが調子にのるとむてきだ。このおばは、2つのアードレーがむすぶことをのぞんでいる。

だがニールとの婚約破棄の件で、ほとぼりがさめるまでの時間はひつよう。どのみちすぐというわけにはいかない。この点はマーゴットも同意見で、公表は先のばしという条件で折りあいをつけた。

ここでエルロイが強く反対してこじれたら、ウィリアムはヘソを曲げて、どううごくかわからない。たとえば・・・こんどはキャンディスと2人、手に手をとって行方不明なんてこと・・・かんがえたくもない。

ウィリアムを納得させるためにも、しばらくは身内のごく一部にしかしらせない内々の婚約である。
マーゴットは婚約者としてのキャンディスを監督するという。 けっこうなことではないか。

その日、あとのことは、よくおぼえていない。
マーゴットはいつの間にかいなくなっていた。
エルロイは自室の書斎で立ったりすわったり、ウロウロあるきまわっていたが

(もう一度、ウィリアムをだませるだろうか・・・)

そんなかんがえがエルロイの頭をよぎった。

◆4章◆その6

「女の子って、男の子とぜんぜんちがうのですね。新鮮ですわ。」

エルロイはしみじみといった。

「あらロージィをそだてたじゃないの。」

ウィリアムの事情をよくしっているマーゴットが反論した。

「ローズマリーはもうほとんど大人でしたよ。小さいうちからそだてたのは男の子ばかりです。」

「そういえばそうねえ。」

「女の子もそだててみたかったですわ。」

「1人いるじゃないの。今からおやりなさいな。」

「・・・」

「キャンディスのことよ。」

「あれだってもう子どもじゃありませんよ。」

「何年もほうっておいたからよ。多少ヒネたって、してやれることがあるのではなくて?」

「母親は、おばさまじゃありませんか。」

「あの子の親になったのもアナタのせいじゃないの。」

「名門学院にいれたのに、スキャンダルをおこすような子ですよ。」

「公爵のむすことのロマンスでしょう?あれはよかったわ。」

マーゴットは、うれしそうだった。

「ファム・ファタールの素質があるんじゃなくて?」

「じょうだんじゃありませんよ。」

そんなうわついた発想をするおばが、エルロイには理解できない。

「それでもキャンディスは、わたくしたちのウィリアムをすくってくれた・・・」

「わかっております!」

「まあ仲よくおやりなさいよ。いずれ毛並みのいい青年と、あたらしいロマンスをみつけるわよ。そのうちホンモノの小さい女の子を連れてきてくれるんじゃないかしら。」

「じょうだんじゃありませんたら。」

「あら、ほんとにじょうだんじゃないわ。
あの子はほうっておいてはマズいわよ。」

それはそうだけれど、何年もにくみ、うとんじてきたキャンディスと、今さらなれあったりできるものか。

けれど冷たくあしらう理由がないのも事実。
せめてふつうに接することならできるだろうか。
イライザにたいするように、とはいかなくても、すこしばかりこころをくばってやるくらいなら。

本宅にとまるのも、まあかまわない。
学院でマナーが身についているようなら、しりあいのサロンに紹介してやるのもいい。
エルロイは口をとじたまま、そんなことをかんがえた。

「ほうっておいてはイケナイわ。ほんとうに。」

マーゴットはひとりごとのようにいった。

それから数日後、本宅に滞在していたキャンディスが、エルロイのへやにあいさつにきた。アパートにかえるという。
エルロイにはこのむすめが、もう以前とはちがってみえていた。

「お前がこのまま、ここに暮らすのもいいとおもっていました。」

口をついてでたことばに、じぶんでおどろいた。

「どうすればいいのか、まだ決めかねています。」

それが婚約式がつぶされてから2週の間におこったことであった。

◆4章◆その5

エルロイは、そのままマーゴット邸に滞在し、そこから自分の用事の指示をだしてすごした。本宅にかえらないのは、ウィリアムにたいする一種のストライキだった。

翌週の孤児院訪問では、砂糖と小麦粉を持参した。マーゴットのおもいつきで、焼き菓子をつくるためだった。

午後になるとマーゴットとエルロイは調理室をかりた。昼食のためにつかったオーブンへたきぎを足すのは、年長の女の子がじょうずだった。

小麦粉や砂糖をはかり、玉子をわり、ヤギの乳をあたためる。そういう作業はエルロイは自分でやってしまう。
だがマーゴットは、手をだしたがる子どもらに、うまくふりわけていた。
子どもにさせるのは、かえって手がかかる。
それでもいっしょにつくると、ひとりひとりのきもちが近づくのがわかった。

エルロイが焼き菓子をつくるのは、かんがえてみればアンソニーが亡くなっていらいだ。あのころは、子どもたちがよろこぶ顔が見たくて、いそがしい時間をやりくりしてつくっていた。

しかし男の子ばかりだったので、お菓子づくりをおしえようとはおもわなかった。いっしょにやれていたら、どんなにたのしい時間だったことか・・・。

ようやくできあがった素朴なカスタードパイに、子どもらは目をかがやかせた。

マーゴットは片づけを人にまかせて消えた。しばらくしてもどると、庭さきでつんだらしい花やツタ類をかかえていた。
調理室のたなのおくに陶器の水さしをみつけると、そこに草花をいれてテーブルにかざった。
ちょっとオリエンタルな演出である。
それがまた、田舎の生活しか知らない子どもらは物めずらしいようだった。
エルロイは、そんな子らの反応がおもしろかった。

夕方にはまた、ヤギの乳しぼりにさそわれてヤギ舎へいった。エルロイは、あいかわらず少しもしぼれないが、たのしくてしかたなかった。

そんな1日をすごして、新鮮な風をこころにかんじながら孤児院をあとにした。

「あなたはぞんがい、家庭的よねえ。」

かえりの車のなかで、また会話がはずんでいた。

「それは男の子を4人もそだてましたもの。」

そうこたえながらふと、ウィリアムに強いてきたきゅうくつな日々をおもった。あの子がキャンディスに肩いれするのも、ただの気まぐれではないのかもしれない。

◆4章◆その4

ヤギの乳しぼりがおわると、老女2人は献金箱に寄付金の小切手をいれて孤児院をあとにした。
かえりの車中のエルロイは、おどろきの連続だった一日をふりかえっていた。

「乳しぼりをするハメになるとは、おもってもいませんでしたよ。」

不思議に心が軽かった。

「気にいったのなら、習いにかよったらどう?」

マーゴットは冷やかした。

「親の知れない孤児なんて、いやしくてキタナイとおもっていましたわ。でもなんだか・・・。」

おさない子どもら一人一人が役割をにない助けあう、つつましいくらしをおもうと、胸のうちがあたたかい。

「カワイイわね、あの子たち。」

「ウィリアムが動物をかわいがるのは、こういうことだったのかしら。」

「アレはまた、とくしゅよ。」

「・・・キャンディスは、あんなふうに暮らしていたのでしょうかねえ。」

「・・・わたくしキャンディスをほとんど知らないけれど、興味がでてきたわ。
そもそもウチの養女なんだし。きちんと会いたいものだわ。」

「キャンディスねえ・・・。」

「・・・また来週いきましょうか?」

「ご予定がおありなのでしょう?」

「エルロイのためですもの。」

「ウソばっかり。」

マーゴットは今も、所有している食品会社や新聞社の用事やら、社交界のつきあいやらでいそがしい。
それなのに来週の予定を変更したいといいだすのだから、よほど気に入ったにちがいない。

「あのポニー院長・・・ギディングスさん。どういう人でしょうね。」

「おっとりしてるみたいだけど、なかなかしたたかな女よ。
そうでなきゃ、あんなことできるもんですか。」

◆4章◆その3

昼食は子どもらと共にとった。
ポニー院長は、シスター・レインとなにか相談したあと、このように提案した。

「午後は学校にいってる子たちがかえってきます。
そうしたら今ごろのきせつは、みなで森のそばへいくんですよ。
よろしければ子どもらを連れていっていただけませんか。」

マーゴットとエルロイは、体よく追いだされた気分で子どもらとでかけた。

引率どころか道も知らない。
むしろ連れていかれるままだ。
森のそばまでくると、年長の子はサッサと小枝をあつめはじめた。
一人10本以上のたきぎをひろうのが決まりで、3才の子も10までかぞえている。
それが役わりであり、遊びでもあるらしい。

野イチゴをあつめる子もいる。
キノコをみつけた子もいる。

「これはたべられないよ。毒キノコだよ。」

パーシーと呼ばれている少年が点検している。

「こっちは?」

「これもダメ。でもそれはたべられるから、もってかえろう。」

どの子もどこかたくましく、そして人なつこい。
孤児というのは、こんな個性の持ち主ばかりなのだろうか?
いつの間にかエルロイは、彼らのやりとりに引きこまれていた。

孤児院にもどるころには日がかたむきかけていた。
数人の子が、夕方の乳しぼりをするから、と台所の外に干してあった手おけを取りにきた。
おどろいてばかりのエルロイは、もう興味のままについていった。

ヤギは斜面のクイにつながれていた。
ダニーという8才くらいの少女がロープをはずすと、小さな子らがきそってロープをにぎる。

とがったツノや丈夫な歯で傷つけられはしまいか、とエルロイはヒヤヒヤした。
だがヤギはへいぜんと子どもらにあわせてヤギ舎にむかう。

小屋につくと、ヤギはサッサと決められているらしい位置に立った。
ダニーはロープを柱にむすび、手おけをヤギの腹の下におき、乳をしぼりはじめる。
エルロイがまたも感心してながめていると

「ミセス・エリーもやってみる?」

ときく。

いつものエルロイならヤギのそばに近づきもしない。
でもこの日は、子どもらにのせられていた。
すなおにダニーと交代してヤギのわきに腰をおろし、おそるおそる手をだす。
ダニーのように乳房をにぎるが、乳はでない。

子どもらがいっせいにわらった。

「こうだよ。こう。」

身ぶり手ぶりでおしえてくれる。
エルロイは少しあせりながら何度もしぼるが、どうしてもでない。
そのうちヤギがじれて、体をにがそうとする。

「仕方ないなあ。」

しばらくようすを見ていたダニーが、また代わってしぼりきった。
彼女に対しては、ヤギもさからわない。

エルロイはヤギもダニーも、少しツラにくくなった。

◆4章◆その2

エルロイは、シカゴに住むマーゴット・アードレー夫人を訪ねた。
エルロイの義父の弟の妻で、義理のおばにあたる。

(エルロイは先々代ウィリアムの姪で、従兄と結婚している。)

これまでも事業や一族運営にたずさわってきた長老のひとりで、グチをいえる相手でもあった。

その日もマーゴット邸をたずねると、ウィリアムとキャンディスについて、おわりない話をした。
マーゴットはあきれ、しまいに

「そんなにキャンディスが気になるなら、そだてられた孤児院をのぞいてみればいいのよ。」

というなり、あっというまに訪問の手はずをととのえてしまった。

翌々日、エルロイはマーゴットと共に「ポニーの家」へ向かった。
遠路なのでとちゅうの町で一泊し、車が到着したのはその次の日だった。

孤児院ということばにエルロイは、くらく不潔なところを連想していた。
ところが田舎の村はずれにある「ポニーの家」は、ちがっていた。
敷地には鶏舎があり、果樹の花がほころび、ヤギがつながれて草をはんでいた。
のどかで明るい。

年長の子どもらは学校にでかけてルスだ。
残っていたのは学齢まえの子どもたちばかりだった。

「お子たちのお世話だけでもたいへんでしょうに。
ニワトリだのヤギだの畑だの、手がたりませんでしょう?」

マーゴットは到着のあいさつがすむと、まっさきにそれを質問した。

「ニワトリもアヒルもヤギも畑も、子どもたちが世話しておりますよ。」

ふくぶくしい顔だちのポニー・ギディングス院長は、ケロリとこたえた。

「家畜の世話には、なれているというわけですね。」

エルロイは、キャンディスが馬番をしていたのを思いだした。
あのむすめは、馬小屋で寝おきさせられていたはず・・・。

「畑は春先に地主さんがきて、馬でたがやしてくれます。
ジャガイモやカボチャなら、大した手間はありません。
あとは子どもたちが村のお百姓におそわりながら、なんとか作っているんですよ。

玉ねぎやキャベツは、できたりできなかったり。
そんな調子ですけど、やさいと玉子だけでも作っておかないと、この辺りは不便なものですから。」

この孤児院のたてものは木造で、もとは村の教会としてつかわれていた。
のちにべつの場所にあたらしい建物が寄進されたため、あいていた。
それをギディングス夫人が知人のツテで地主からかりうけ、孤児院をはじめたという。
もとの礼拝室が子どもらの食堂であり、遊戯室でもあった。

室内をあんないされ、遊んでいる子どもらをながめていたとき、おさない少年が赤んぼうのオシメをかえはじめた。
同い年くらいの女の子がバケツをもってきて汚れものをいれると、どこかにはこんでいった。
少年は赤んぼうの世話がおわると、何ごともなかったように抱きあげて遊びの輪にもどっていった。

どちらも手なれたようすだった。
5才だという。

「大したものだわ。」

「いつでも子守奉公がつとまりそうですね。」

マーゴットとエルロイは感心した。

「たしかにそうですけれども・・・」

ポニー院長が口をはさんだ。

「村の家庭の子たちは、みんな弟や妹の世話をしています。
ここはヨソよりちょっと、きょうだいが多いだけなんです。」

◆4章◆その1

エルロイ・アードレーは、ニールとキャンディスの婚約破談の後始末のため数日いそがしかった。
それからしばらくは、だれとも会う気にならなかった。
気分によって予定を変えたくなかったが、今回の件はこたえていた。

キャンディスをアードレー家の養女とし、後見してきたのは、甥のウィリアム・アルバートである。
養女の結婚問題をむだんですすめるなど、ほんとうならできない。

それなのにニールの「かなわないなら志願兵になる宣言」にまけ、ウィリアムに内緒でじゅんびをすすめた。
ウィリアム側近のジョルジュに口止めまでした。

にもかかわらずウィリアムは、婚約式当日の会場に正装であらわれ、あざやかに名のりをあげて破談にした。

エルロイの面目は、まるつぶれだった。

ウィリアムはイギリスの名門大学を出て帰国したが、それからも事業のおもて舞台に立たず、自由にうごいてきた。

それがゆるされたのは、エルロイの献身によるところが大きかったはずだ。
それをこんな形で返すとは、あんまりではないか。
そりゃあ養女の婚約は強引だったけれど。

しかも不幸のみなもとのようなあの子が、記憶をそう失したウィリアムを発見し、彼を守って回復させたという。

それじゃあまるであの子は、一族の恩人じゃないの。
なんでソレを、もどってすぐ言わないの。

もちろんウィリアムの生還を知ったときのエルロイは、おどろきとよろこびでパニック寸前だった。
そのあとは実務的なあれこれで忙殺され、だれに助けられたかなんて考えるヒマもなかった。

それがキャンディスだったと、どうして早くおしえないのよ。
なにも婚約式の会場でとつぜん告げなくたって・・・。

オモシロクナイ。
老女の心に、そのことばが浮かんでいた。

手直ししたら増えました

続きを考えているうちに、3章に書き忘れがあるのに気づきましたので、「その17」から手を入れて更新しました。

ついでにこまごまと直したら1回分増えてしまいました。
大筋は変わりません。
久しぶりの更新ですが
新しい話でなくてゴメンナサイ。

◆3章◆その24

そのあとすぐにキャンディは、
アルバートからはなれてニヤリとわらった。

「わたしの勝ち。」

「なんだって?」

「ヤッタ。」

「バカモノ。反省室へ行きなさい。」

そんなことばとはウラはらに
2人はたがいにうでをのばし、
向きあってよりそった。

キャンディは彼の肩にあたまをあずけ
あたたかな気持ちに
みたされるのを感じていた。

アルバートも同じ気持ちを
感じている気がした。
ランプの黄色いひかりの中で
2人はたたずんでいた。

それは廊下に人の気配がするまでつづいた。

それからノックの音がして
アーチーの声が聞こえた。
アルバートはそれに応えてドアに向かい、ふりかえって

「おやすみ。」

と言うなり、部屋をでていった。
キャンディは、そのまましばらく動かなかった。


つぎの朝、めざめたキャンディは
身じたくをととのえると、
ウキウキと階下へおりていった。

アルバートが出かけるまでの少しの時間を
どうすごしたらいいだろう。

朝食のあとで、このまえの公園にさんぽできるだろうか?
5分でも2人きりですごせるだろうか?
そんなことしたら、アーチーが気をわるくするだろうか?

小食堂に入ると、さきにアーチーがお茶をのんでいた。

「おはようキャンディ。
アルバートさんとジョルジュは、
もう出かけちゃったんだ。
朝食はぼくらだけだよ。」

そういいながら、アーチーは小さな紙きれをさしだした。
開いてみると、走り書きの字がならんでいた。

*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
キャンディ

1日も早くポニーの家にいくといい。
また会える日をたのしみにしている。
くれぐれも、むちゃをしないこと。

アルバート
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*

早朝にむかえがきて、あわただしく出たそうだ。

ぜんぜん気づかなかった。
朝食だけでも、きのうのつづきで
たのしくすごせるとおもっていたのに。

「ゆうべ、アルバートさんと話をしたんだ。」

それきり、なにかを考えこんでいる。
アーチーにしてはめずらしく、口がおもい。
しずかに食べおえて、立ちあがった。

「キャンディ、『ポニーの家』へは
早くかえるほうがいい。」

アーチーもアルバートと同じことを言う。

「どうして?
ゆうべ、アルバートさんと何を話したの?」

アーチーは、きのうの夜もどると、
アルバートと同じ寝室に泊まった。
そのときに何かきかされたのか?

「大したことじゃないよ。
キャンディは早くじぶんのくらしを
はじめるほうがいい、ってさ。
いつまでも宙ぶらりんは
よろしくない、って。」

「そう。」

「お父さんみたいだね。」

「ほんと。」

親子にぎゃくもどりだ。
アルバートは、キャンディを
たよりない幼稚なむすめだとおもったのだ。

どうしてキスなんて
しちゃったんだろう?
どうしてあんなこと
しちゃったんだろう?

つい調子にのってしまった。
アルバートは気のあう兄のようで、
ウィリアム大おじさまで、
だからキャンディの恋人なんかでは、けっしてない。

あの人は、いつものように
おまじないのキスをしてくれようとしただけなのに。

ちょっと恋人きぶんになって、
やりすぎてしまった。

(バカなキャンディ。

だいすきなアルバートさん。
たいせつなアルバートさん。

あやまるヒマもなかった。
とりかえしのつかないことを
してしまったんじゃないだろうか?

少し時間をおいたら、
また元にもどれるだろうか?)

シカゴをはなれれば、
ますますあえるときが少なくなる。

(シカゴはあぶないって、
アパートに空き巣が入ったから?
キャンディがスキだらけで、
オッチョコチョイで、たよりないから?)

「予定がきまったら、
かならずぼくにしらせて。
できるかぎり協力するよ。」

アーチーが言った。

(アルバートさんは、
もうあってくれないかもしれない。)

よるべのないキャンディができることは
じぶんの力で道を切りひらいて
すすんでいくことだけ。

(しっかりしなくっちゃ!)

もし次にアルバートにあえるとしたら、
もうシカゴの住人ではないだろう。
その日にはじぶんの足でしっかりと立って、
堂々と彼をむかえるのだ。

キャンディは、そう決心していた。

(第3章おわり)

ふた区切り目のいいわけ

一ヶ月かけて少しずつ書き足し、修正しつづけていたので
区切りがついて、さみしいです。

次章のおおまかな展開は決めているので
このいきおいで一気に書けるかも
とナメたことを考えてました・・・

が、

会話がでてこない。場面がすすまない。

早いとこ、つづきが知りたいので
早く書きたいんですけど。

そんな気持ちだけでは、ムリみたいです。
やはり仕込みをして、あたためる時間って必要なんですね。

前の2章分をアップしてから半年間、
参考になりそうな本を読んでは
思いうかんだことをメモしていました。

それがつながって第3章になりました。

アルバートさんの怪談は、
もとは番外的なみじかいエピソードでした。
でもいつのまにか、それが話の中心になっていました。

ジョルジュがキャンディをひっかけて密航を白状させたり
むかし話をしてくれたのは予定外でした。
ジョルジュありがとう♡

こんなに会話ばかり長々とつづくのはマズいかも
ともおもいましたが
そもそもマンガは、会話と独白が中心なので
この方が自然なのかも、とおもいなおしました。

結果として文体が変わってきました。
今後も変わるかもしれません。

長い小説の文体が一貫しているのは
あたりまえ、じゃなくて
すごい精神力と教養のたまものなんじゃないでしょうか。

そんなことすら、これまで気づきませんでした。

この時代のシカゴやニューヨークのこと。
ファッションや交通のこと。
音楽のこと。新技術のこと。
もっと情報をあつめたら、
また少し、先にすすませてくれるんでしょうか。

テリュースにもあいたい。

仕方ないから参考書をさがそう、
と思ったら、コロナさわぎで図書館が使えない。
・・・。

でも、不謹慎だけれど
これはこれで100年前のアレの再現みたいだわあ、
こんなこともお話にとりいれられるだろうか、
なんて思ってしまう。

グータラなわたしが、長い話に手を付けて
空中分解させずに完結させられるのか、こわいです。

だれか、わたしの読みたい展開を、
代わりに書いてほしいです。

◆3章◆その23

「かわいそうなのはアルバートさんの方だわ。」

「たいくつはしてないさ。」

いいながら彼はまた、
キャンディをかかえてワルツを踊った。

これまでも抱きついたり
胸をかりて泣いたり、さんざんしてきた。
そう、仲のいい兄さんみたいに。

ワルツだって同じ。

ときおりハミングがとぎれ
アルバートは、ことばをはさむ。

「いいかい?川くだりも密航もダメだ。」

「どんなにあわてても、
ネグリジェのまま外出してはイケナイ。」

「どこにいくにも、一人になるのはダメ。」

説教めいて小うるさいのに
ちょっぴり甘やかな気分になるふしぎ。

ダンスの動きがゆるやかになり、
いつのまにか、ステップが止まっていた。
ランプのあかりが逆光で、アルバートの表情が見えない。

「ねえ、アルバートさんは・・・ずっとアルバートさんよね?」

何をいっているのか自分でわからないが
何かをいわずにいられない。

「うん。そうだね。」

「ずうっとね。」

「ずっとずっと。キャンディをみとるまで。」

いつのまにか抱きよせられ、
彼の胸にほおをよせていた。
そのまま体をあずけて、ゆられている。

「キャンディ。早く『ポニーの家』においき。
シカゴはあぶない。」

最後のことばに普通でない何かを感じて
キャンディは顔をあげた。

「あぶないって、どういう意味?」

アルバートはこたえない。

キャンディは、ランプに照らされた彼の表情から
何かを読みとろうとしたが
色メガネと付けヒゲでみえない。

「何かあったの?」

アルバートはゆっくりと顔をよせて
キャンディの額にキスをした。

「ウッ!フーッ!」

とつぜんキャンディはおかしな声をあげ、
あたまをふり、手で顔をこすった。

「なんだ!?」

「おヒゲが、くすぐったい。」

さっきまでのムードが、いっきにふきとび
2人同時にゲラゲラ笑いだした。

「どうしてウチの中なのに、ソレはずさないの?」

「気分を切りかえるため。」

そしてまたキャンディをだきよせ、
顔じゅうにキスした。
そのたびにチクチクとくすぐられ
笑いが止まらない。
くるしくて、両手で彼のからだを押しもどす。

アルバートも笑いながら
わざとなんども頬ずりする。

ついにキャンディは
ヒゲの一部をつまみ、引きはがした。

「イタタッ!」

「イヤがらせのしかえし。」

「このお子さま!」

「アルバートさんこそ、悪ガキ!」

「イギリス留学までしたのに、ちっとも成長してない。」

文句をいいながら、つけヒゲをはずした口元が笑っている。

「おたがいサマでしょ。」

「上等だ。」

もう一度すばやくキャンディを引きよせた。
キャンディがアルバートを見あげると
顔が近づいた。

だがキャンディは、彼のアゴを手のひらで止めた。

「メガネもくすぐったいの。」

一瞬気をそがれたアルバートのかおから
色メガネをつまんで取りあげ、
くちびるにキスをした。

◆3章◆その22

「あしたは午前中に出発するんだ。」

キャンディの居間で、あついお茶をすすりながら、アルバートがいう。

「お昼まえに?」

こんどはいつあえるのかしら。
そんなこと、聞いたらいけないかしら。

「ぼくは何週間もまえから・・・ずっと今日がまちどおしかったよ。」

「楽しかったわね、笑ってばっかり。」

「・・・・・・」

アルバートはくちびるをかんだ。

2人きりでたくさん、たくさん、はなしたかったのに
会話がつづかない。

あかるい電灯にてらされて、
2人でしずまりかえっているのは、とても気まずい。

「ランプをつけようか?」

いいながら、もう立ちあがって
アルバートはテーブルのランプに火を入れた。

「けっこう好きなんだ。」

「わたしも好き。
手入れしてくれるミス・キャロルに感謝しなくちゃ。」

キャンディはイスの上にのり、電灯を暗くした。

「そういうことは、お嬢さまは、やらないものだよ。」

「へいきよ。お嬢さまじゃないもの。」

「カベのスイッチを使えばいいのに。」

アルバートが手をかすまえに、
キャンディはイスからサッと跳びおりた。

「困ったやつだなあ。」

それから、ふと思いついたように

「・・・キャンディ、このまえのドレスはお気にめしたかい?」

「ええ、とってもステキだったわ。ありがとうございました。」

「着て見せてくれない?」

「今?」

「そう。」

「ムリよ。」

「いいじゃないか。」

「ドレスのおしたくは大変なんだもの。」

「あれは最新のスタイルだから、コルセットをしめなくていいんだよ。」

「知ってるけど・・・知ってるけど!
アルバートさんに下着の心配なんてされたくないわ。」

「それは失礼。」

「それに今日は、はたらいたり、たき火をしたもの。
ドレスを着るには、お風呂に入ってからでなきゃ。」

「ざんねんだなあ。ニールの婚約式のときのドレスは、よくにあってたのに。」

「アルバートさんだって、今日はそんな格好じゃない。」

「そうだな。じゃあちょうどいいか。」

アルバートはキャンディの手をとった。

「なあに?」

「さっきのダンス。まだ踊り足りないんだ。
つづきをもう少し。」

キャンディがさっきの曲を口ずさみかけると、
アルバートが首をヨコにふった。

「ポルカじゃないやつ。」

かわりにアルバートの低い声が、
少し物悲しい、有名なワルツ曲をきかせた。

ランプの黄色いひかりで2人の影が
じゅうたんの上に、カベ紙に、ゆれている。
おたがいにシャツとズボンで踊るワルツ。
それでもどこか、せつなくなる。
たのしい一日がおわりかけている。

「キャンディがスカンクならいいのに。」

「スカンク?」

「うん。どこへでもつれていけるからね。」

スカンクのプッペは、アルバートの相棒だった。

「どこへ?」

「そうだなあ・・・商談のへやとか。」

「?」

「ことわれないパーティとか、工場の視察とか・・・」

アルバートは足を止め、
いとおしそうにキャンディのあたまをなでた。

「かわいそうになあ、プッペ。」

「・・・・・・」